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2002.12/1  福岡国際マラソン
地獄を見た男・尾方選手堂々2位に!

(ABCテレビより) 

2002.12/1  福岡国際マラソン (ABCテレビより)最後のトラック勝負でアベラと競い合う尾方選手
堂々と2位に入った尾方選手
 来年のパリ世界選手権代表選考会を兼ねた福岡国際マラソンは1日、平和台陸上競技場発着で行われ、シドニー五輪金メダルのゲザハン・アベラ(エチオピア)が2時間9分13秒で優勝した。トラック勝負で惜敗した新星・尾方剛(中国電力)が、2秒差で堂々の2位に入った。

 大学2年の時、箱根駅伝で山梨学院のエースとして優勝テープを切ったことがある尾方は、その後プレッシャーで走れなくなり、地獄を経験した。
それを乗り越え、奥さんの熱烈な声援を受け、見事に復活した。
感動のマラソン観戦だった。
誠に頼もしい選手が現れた。これから、注目していきたい!

男子マラソン:
福岡国際 2位の尾方は世界選手権代表に内定


 世界選手権パリ大会(来年8月)の代表選考会を兼ねた第56回福岡国際マラソンは1日、福岡市・平和台陸上競技場を発着点とするコースで78人が出場して行われた。尾方剛(中国電力)が35キロ手前からシドニー五輪の覇者ゲザハン・アベラ(エチオピア)と一騎打ちを演じ、トラック勝負で競り負けたものの2時間9分15秒で2位。日本陸上競技連盟が定めた「2時間9分59秒以内で日本選手トップ」の条件をクリアし、世界選手権代表に内定した。アベラは2時間9分13秒で、99年、01年に続き3回目の優勝。日本勢の2番手は5位の間野敏男(八番麺屋)。シドニー五輪代表の佐藤信之(旭化成)は30キロ過ぎで先頭に立ったが終盤疲れて2時間29分51秒で36位。犬伏孝行(大塚製薬)は右足を痛めて15キロ過ぎで棄権した。(スタート時の気象=曇、気温14.5度、湿度72%、北西の風0.1メートル)

 29キロ付近で先頭集団は尾方、佐藤ら7人。けん制しあう中で30キロ過ぎに佐藤が一時先頭へ。32キロを過ぎて、集団の中盤で冷静だった尾方が仕掛け、アベラ、ワイナイナが続いたが、佐藤らは後退した。

 尾方は果敢に引っ張り、35キロ手前でワイナイナを振り切った。しかしアベラはすぐ後ろにピタリとマーク。競技場まで同じ状態が続いた。

 トラックに入り、アベラが残り200メートルでスパート。昨年同様、相手を利用して自身の勝ちパターンに持ち込む見事なレース運びだった。尾方も最後まで動きが衰えず積極性も発揮。質の高い走りだった。

 間野は先頭集団から離れた後も粘って健闘。他の日本勢は終盤に大きく崩れた。前半に小刻みなペース変化があり体力を消耗する展開だったが、全体的には残念な結果に終わった。 【石井朗生】

 ▽桜井孝次・日本陸連専務理事 尾方君がポイントで前に出て、最後までアベラと競り合ったことを評価したい。世界選手権でも今回のような力を発揮すれば十分戦える。(続く代表選考会の)東京国際やびわ湖を狙う選手もこれを参考にして、さらに上回る努力をしてくれるのではないか。

 ◇壁を乗り越え堂々の2位

 正確なピッチで42キロを刻んだ。だが、勝負はつかない。アベラとのトラック対決。第4コーナー手前で、その世界王者がスパートをかける。追いつけない。「あそこまでいって勝てなかった」。尾方はグラウンドに両手をつき、「詰めの甘さ」を悔やんだ。

 それでも、6回目のマラソンで自らレースを作ることができた、という満足感はある。32キロからのスパートや揺さぶり。「なんとか走り切れた」。29歳の長距離走者のつぶやきだ。

 広島の熊野高から山梨学院大へ。2年の箱根駅伝では優勝テープを切ったエリートだ。が、その瞬間、転落が始まる。周囲の過度な期待とそれに応えられない自分とのギャップ。全身の毛が抜け落ちる病も患った。中国電力の坂口監督は振り返る。「入社した時は心も体もボロボロだった」と。

 だが、走ることは止めなかった。「このまま辞めて、人生の敗者になりたくない」。尾方を支えたのはこの一念だ。

 今年、五千メートル、一万メートル、ハーフマラソンのすべての自己記録を塗り替えた。7、8月は月間1200キロの走り込み。「9分台は当たり前」。自信にあふれた積極果敢な走りにはそんな確かな裏づけがあった。

 競技場には3年半前に結婚した5歳年上の芳子さんが待っていた。人波の中に姉さん女房を見つけた尾方は「なんとか粘れたよ」と声をかけ、そのほおに手を当てた。それは、雌伏の時を越え、世界切符をつかんだ男のひそやかな「ガッツポーズ」のようにも見えた。 【千々和仁】

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