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広報 かたの 特集シリーズ

広報かたの 平成21年8月1日号
発掘!発見!緑立つ道
今月のテーマ 列品解説(2)「有池遺跡と上私部遺跡の出土遺物」
(財)大阪府文化財センター 三好孝一
 
 今月は、第二京阪道路関連遺跡出土展示会(前期)に出品されている遺物のうち、有池遺跡と上私部遺跡の発掘調査で出土した遺物を紹介します。
 
有池遺跡の遺物

広報かたの6月号で紹介しました有池遺跡では、11世紀後半から15世紀にかけての集落跡がみつかり、それとともに碗や皿など当時の生活用品が大量に発見されました。
 右の写真は建物の柱穴から見つかった13世紀前半代の土師器の皿類です。写真のように、2か所に分けられて積み重ねられたような状態で見つかったことや、これらの皿の合計21枚がほとんど完全に復元できることなどから、建物を取り壊す際の儀式などに使ったものを納めていた可能性があります。


土師器皿

瓦 器
右の写真は、瓦器と呼ばれる屋根瓦のような焼き方をした、当時の代表的な器です。光の方向を変えながら内側をよく観察すると、細かい線がたくさん見えます。これは「暗文」という瓦器独特の文様で、時代が新しくなるごとに粗雑になっていきます。
 なお、瓦器はその特徴から、大阪府南部に分布する「和泉型」、大阪府北部に分布する「楠葉型」、そして奈良県に分布する「大和型」の3種類に大きく分けられます。有池遺跡では大和型と楠葉型が見つかっており、大和型瓦器は13世紀初めごろまでは一定量を占めていますが、それ以降はほとんど見つからず、楠葉型瓦器のみとなっていきます。このことから、有池遺跡の住人たちは、12世紀中ごろを境にして大和型から楠葉型へと取引先を変えたことがうかがえます。
 そこには、当時の支配者の勢力関係や経済活動のほかにも、大和への主要交通路である磐船街道に近いという地理的要因なども深く関係していると考えられます。
 展示会では、下の写真のとおり、12世紀から14世紀にかけて約200年の間に使われた瓦器や皿を年代別に並べています。ぜひ時代ごとの、形や大きさの変化や暗文が雑になっていく様子などをたどってみてください。
 なお、展示されていませんが、有池遺跡からは中国製の白磁や青磁の碗や小皿の破片もわずかながら見つかっています。これらは、瓦器よりも格段に高級な器で、当時の有力者など一部の限られた人や、特別な行事の時に使われたもと思われます。


瓦器と暗文

瓦器展示の様子

 
上私部遺跡の遺物

 上私部遺跡は、5世紀前半ごろから7世紀初めごろの約二百年にわたって集落が営まれ、中でも6世紀ごろか後半にかけてはもっとも栄えていたことが発掘調査によって明らかにされています。
 これらのうち、5世紀のものには土師器や須恵器などの土器のほか、石製の玉類などが見られます。

 

土師器と須恵器
土師器の中には、当時国内で作られた土器の底は丸いものが主流であったにもかかわらず、右の写真のように植木鉢のように底が平に形作られた土器も含まれています。
 この土器のもとの形は、朝鮮半島南部の「小形平底鉢」と呼ばれているもので、ここで生活を営んだ人々が、当時の朝鮮半島南部で流行していた最新のものを取り入れようとした様子がうかがえます。
 須恵器には高杯などがみられます。しかし当時の主要な生産地であった大阪府堺市の丘陵部を中心として広がる陶邑古窯跡群から出土するものと比べてみると、全体の形はよく似ていますが、素地が粗い、厚さが分厚い、焼きが悪いなど、細かい部分で異なっています。このことから、交野市をはじめとする北河内のどこかで須恵器を焼いていたと考えられます。

韓式系土器平底鉢

管玉と臼玉
玉類には管玉と臼玉が見られます。管玉は緑色凝灰岩などで製作されていることからアクセサリーとして実際に使われていたと考えられます。 しかし臼玉は5ミリほどの非常に小さいもので、その原材料も滑石と呼ばれる、爪で引っ掻いても傷がつくような非常に柔らかい石材が使われていることや、ほかの遺跡では古墳や祭祀場などの日常生活の場所以外で大量に見つかっていることから、儀式やお祭りで使われる特殊な飾り玉であったと考えられます。

次回も、今回にひきつづき、上私部遺跡から出土した古墳時代後期以降の土器を中心に紹介します。


須恵器高杯

管玉と臼玉

 
第二京阪道路関連遺跡出土遺物展示会(前期)
と き 11月1日(日)までの午前10時〜午後5時
場 所 歴史民俗資料展示室
内 容 倉治・東倉治・有池・上私部遺跡から出土した遺物の展示
※ぜひ広報紙をご持参ください。
問い合わせ 歴史民俗資料展示室(TEL810・6667)

大阪ミュージアム構想

 大阪府と府内の市町村は、大阪のまち全体を「ミュージアム」(美術館や博物館)として、各地の魅力的な地域資源を「展示品」や「館内催し」に見立て、大阪の魅力アップを図る「大阪ミュージアム」構想を推進しています。
 交野市では、「教育文化会館」以外にも「私部代官屋敷周辺のまちなみ」「交野山と信仰の道」「交野が原と七夕まつり」など16件が、現在登録されています。
■大阪ミュージアムホームページ http://www.osaka-museum.jp/index.html

 

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