交野郷土史かるたを地区別に紹介する「かるた郷土史めくり」の最終回は星田地区の札と、かるたの絵札を描いた絵本作家の森本順子さんについて紹介します。
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連判状とは、同じ思いを持っている人が、誓約のしるしとして自署し、判を押した文書です。江戸時代の終わりごろ、星田村の若者たちが連判状を書き残しました。 内容は、日常生活の「諸法度」を村の長老たちに誓ったものです。御公儀の法度(法律)を守る、賭け事はしない、両親を大切にするなど、12条の誓いを記し、末尾に署名して、拇印を押しています。
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1年間を通して「交野郷土史かるた」を紹介してきました。 かるたには交野の歴史がたくさん盛り込まれていて、私たちの祖先がさまざまな困難や試練を乗り越え、日々の生活を営みながら交野の礎を築いて来た証が、かるたの札一つひとつに記されています。 みなさんも昔の交野を想像しながら、かるたで遊んでみてください。 交野郷土史かるたは、文化財事業団と教育文化会館で、1部1000円で販売しています。
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絵本作家 森本順子さん
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「交野郷土史かるた」の絵札を描いていただいた絵本作家の森本順子さんについてご紹介します。 森本さんは、1932年に広島で生まれ、13歳の時に広島市内の自宅で被爆しました。 京都市立芸術大学西洋画科を卒業後、交野市の第三中学校で美術を教えるかたわら創作活動を続けていました。 1977年に交野古文化同好会と教育委員会が依頼して、郷土史かるたの絵を描いていただき、さらに、1981年に発刊された「交野市史 民俗編」にも50点以上の挿絵を描いていただきました。 その後、1982年にオーストラリアに渡られ、現在はシドニー市内に在住しています。 森本さんがオーストラリアでの言葉の通じない生活に苦労する中で、ふと頭に浮かんだのが「ヒロシマ」での出来事でした。 森本さんは「ヒロシマ」で親友の一人を失っています。その人は被爆後、長い闘病生活の末、亡くなりました。親友の死はもちろん、原爆投下後の町や人々の壮絶な姿を決して忘れてはいけないと、森本さんは強く思っていたそうです。 そして、1987年に描かれたのが「MY
HIROSHIMA(わたしのヒロシマ)」という絵本です。この作品は、オーストラリアのほとんどの小・中学校にあるそうです。この絵本がきっかけで、森本さんはオーストラリアの小学校を中心に、戦争の悲惨さや平和についての講演を依頼されるようになりました。 また、「Kojuro
and The
Bears(なめとこ山のくま)」などの絵本で、子ども向けの優れた作品に与えられる賞を受賞するなど、オーストラリアで高く評価され、絵本作家・イラストレーターとして活躍されています。 「わたしのヒロシマ」は市の図書館・図書室にもありますので、みなさんもぜひ読んでみてください。 |
「わたしのヒロシマ」森本順子 作・絵 金の星社
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22年度企画展示
おひなさま
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と き 3月2日(水)〜3月27日(日)午前10時〜午後5時 ※入館は午後4時30分まで。月・火曜日・祝日は休館。
ところ 歴史民俗資料展示室
内 容 市民から寄贈していただいた御殿雛・雛道具・市松人形などを展示します。
問い合わせ 歴史民俗資料展示室(TEL810・6667) |
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