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交野歴史健康ウォーク
2002.6.22、第33回
青山地区・第2京阪国道予定地、石仏の道を歩く
  

   行 程: いきいきランド交野ドーム→私部墓地→青山・第2京阪国道予定地→
神宮寺・辻の地蔵→石仏の道・弥勒菩薩(第一、ニ、三石仏)→倉治墓地→
郡南街道入り口石仏→寺墓地石仏→いきいきランド交野ドーム

青山地区・第2京阪国道予定地、石仏の道を歩くMAP

青山・第2京阪国道予定地
交野山に向かって歩く
ゆったりと歩ける場所だ
こんな風景が楽しめるのも
もう何年? 僅かである
青山・第2京阪国道
予定地附近、沢山の
野鳥が生息している

賑やかなさえずりに、しばし
止まって耳を傾ける
神宮寺の町並み
ちょっと、路地をはいると
なつかしい思い出が甦る
そんな気持ちがする町
石仏の道入り口の案内板
4月に山道が整備された時
新しく設置された
交野山の近辺の案内図
第一石仏から上の溝
メダカや沢蟹などを見つける
ふと、振り返って見ると
こんな楽しみがある
石仏の道
弥陀三尊
第三石仏の前で
コンクリートの道の
白さが眩しい、落ち葉を
踏みしめた道が懐かしい

 6/22(土)、参加者は、7名。 午前10時過ぎ、阿弥陀三尊の石仏を尋ねる為、新しく整備された石仏の道を目指して、いきいきランド交野ドーム噴水前をスタート。弥勒菩薩
 府道久御山線を渡り、私部墓地へと歩き、墓地を北へと横切り、青山の田圃道に入る。周りは田圃と畑が広がり、見晴らしが良い。150mも進むと右側に、小さな「かゆ池」と出会う。右手に進むと、私部大池。その向こうに見えるのは、交野のシンボル・交野山。今日も、われわれを見守っていて下さる、ありがたい山である。
 交野山は、何処から見ても良いですね。交野山はどっしりと座って交野をお守りして頂いている。
本当に有り難いことです。
 そのまま北へ進むと、第2京阪国道予定地を横切る。青いフェンスで囲まれた道路予定地は、葦?や雑草が繁り、野鳥の格好の棲処(すみか)になっている。沢山の小鳥が賑やかにさえずり電線に止まったりしている。われわれが近づいても賑やかな囀(さえず)りは止まない。
 田植えが終わったばかりの田圃には、小さなアメンボやザリガニの赤ちゃんが泳いでいた。野鳥や虫、川の動物達にとっては、巨大な高速道路が出来上がるまでの短い仮住まいなのだ。道路工事により、交野の環境が壊されるのではと心配されている。野鳥や虫達も何処へ行くのだろう?その間も、交野山は静かに見守っておられるのだ。
 JR学研都市線を渡り、神宮寺の村の中を歩き、辻のお地蔵さんにお参りする。辻を東に入り、住宅地を通り過ぎ、左に藪、左右にみかん畑を見ながら山道を登ると、右側に東面して花崗岩の自然石に刻まれた弥勒菩薩(第一石仏)がある。この弥勒菩薩は坐像で、右腕を前に出してまげ、掌を外側に開き、左手は組んだ膝の上で掌を下に向けておいて、くつろいだお姿でおられる。
 リアルで緻密な線刻描画は、大阪随一の秀作と評され、鎌倉初期の作と言われる。
 まわりは竹薮に囲まれ、しっとりとした趣はいつまで眺めていても飽きない。
 山裾の藪(神宮寺の宮跡)のある北から里のかけて、奈良時代に開元寺と言う大寺が建ち、その寺が鎌倉時代の頃に、交野山の山頂に寺を移し岩倉開元寺と名を変えたといわれており、この道は岩倉開元寺への参道であった。往時、沢山の僧やお参りする人々が通った道である。この道が石仏の道である。
 弥勒菩薩から、さらに第一の山池を右下に、第二の山池を左に見て進むとぐっと南に山道は曲がるが、ここからすぐ右側に大石の頂部が見える。この大石の上部中央に南面して、半円の光背に阿弥陀三尊(第二石仏)が刻まれている。
 本尊は阿弥陀坐像、脇侍は観音・勢至の両菩薩の立像で、文明11年(1475)と彫られている。室町中期である。現在、交野山への登山道(石仏の道)は、この磨崖仏の北側を通っているが、昔は西側の小川に沿って、眼の上に阿弥陀三尊を拝みながら「なんまいだ、なんまいだ」と唱えながら登ったと言う。阿弥陀三尊(第三の石仏) 見落としがちなので、要注意。道の左手に、頭部が少し欠けた地蔵さんがおられる。
 この山道を更に、登ると左に傾いた大石がある。その上部切り込みの光背の中に阿弥陀三尊(第三石仏)が刻まれている。
 高さ3mほどの花崗岩に、仏の高さ40cmの本尊阿弥陀如来が蓮華座に坐し、これよりやや下側の両脇には、第二石仏同様、観音菩薩と勢至菩薩の二仏が蓮華座の上に立っている。また、第二石仏同様に室町期の作といわれている。
 右側の菩薩が赤茶けているのは、開元寺の火災の時のものともいわれている。
 雨上がりの朝、こもれびが射す頃の石仏の美しさを皆さんも是非ご鑑賞下さい。きっとご満足されるでしょう。
 今年(2002年)の春、この石仏の道が整備され、登山道が一部コンクリートで塗りづぶされ風情のある山道が何の変哲も無い道に変わってしまった。第2、3の石仏が道に面して剥き出しとなり、石仏の風化が一気に進むのではと心配される。一日も早く、周りの樹木が繁ることを願うばかりである。下に、石仏の道の最新情報を記載しました。
 さて、皆さんは、新しく整備された道が良いとお思いでしょうか?
 近いうちに、是非とも石仏の道をお尋ねください。

 再び、石仏の道を下り、ぶどう畑の道から郡南街道入り口へ行き木陰にある石仏を見たり、倉治と寺の墓地を廻り、名も無い沢山の石仏を観賞して、いきいきランドへと帰った。
 交野の古い歴史を肌で感じた、楽しい歴史ウォークでした。
 次回がまた楽しみである。一人でも多くの市民の方々にこの喜びを味わっていただきたいと思います。
 是非とも、皆さん誘い合って参加しましょう!!!


石仏の道最新情報

2002.4.1(最新情報)
 最近、石仏の道が変わってしまった。第三の石仏の前で記念写真
 落ち葉を踏みしめて歩いた地道の登山道が、コンクリートで固められ塗るつぶされて何の変哲もない道に変わってしまった。
 第2の石仏、「阿弥陀三尊」などは、周りの木々や竹がすっかり刈り取られて、午後は太陽にさらされ、まことにむごいことだ。苔むした風情のある阿弥陀三尊は、今年の夏をどうお過ごしになるのだろう。
 また、第3の石仏、「阿弥陀三尊」の前の登山道は、コンクリートで固められた。昨年のように少雨の真夏を迎えたときには、日照りと暑さで石仏の痛みが早まるのではないか。
 
開発の名のもとに、交野の文化財もこの有様だ。なんとも嘆かわしいことだ。度を越した竹薮の繁茂は山の生態系を破壊するもので、伐採して樹木を植林することはいい事なのだろうけれど、山道をコンクリートで固めることは止めてもらいたいものである植林された樹木の一日も早い生長が待たれる。

第1の石仏から
第2の石仏に向かう道
新しく作られた登山道
第2の石仏前の道 手前左に地蔵さま、
右手は第2の石仏(阿弥陀三尊)
第2の石仏(阿弥陀三尊) 第2石仏から第3石仏への道
第3石仏(阿弥陀三尊)
とコンクリートの道
道の白さばかりが目立つ
ここまでコンクリート道で
丸木の橋を渡り
交野山へのご来迎の道へと


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