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 第18回 交野歴史健康ウォーク

2001.7.28 磐船・哮ヶ峰から交野つり橋を歩く

  7/28(土)、交野歴史健康ウォークが交野古文化同好会・平田さんの企画で開催されました。
 第2、4の土曜日に「交野歴史健康ウォーク」として、次のように実施していますので、お一人でも多くの方の参加をお待ちしております。 (交野古文化同好会・平田さん

(とき)平成13年7月28日(土)曇り
(コース)私市駅⇒車⇒ぴトンの小屋→ぼうけんの路→哮ヶ峰
⇒交野吊り橋(星のブランコ)⇒車⇒私市駅






哮ヶ峰の石碑

186mの頂上に建てられている
哮ヶ峰の石碑の前で
説明される平田さん
交野つり橋
素晴らしい眺めである
スリルも充分味わえる

 7/28(土)天候曇り、参加者7人。私市駅前を9:10過ぎ出発。168号線を車で生駒方面に向かい、梅ノ木バス停近くの民家に駐車させて頂く。松林の向こうに交野のまちが一望される
 哮ヶ峰
を右手に仰ぎ見ながら、ピトンの小屋を過ぎ、ぼうけんの路を15分ばかり急坂と階段を登ると、交野吊り橋(星のブランコ)に出る。
 星田園地管理道を左に100mほど少し戻り、右手の高台に出ると、松林の間から交野の町や山が一望される。
 近くには星田妙見団地(妙見山古墳)が、直ぐ右下には私市小学校が見え、手前に天野川が流れている。
 その向こうには、銀色に光る交野ドームがあり、すぐ右手には交野車塚古墳が眠る交野高校の校庭が見える。右手の尾根には、森古墳群、寺車塚古墳群があり、交野で一番古いと言われるバチ型の雷塚古墳がある。その奥の山には鍋塚古墳、隣接して南山弥生遺跡がある。哮ヶ峰

 再び管理道に戻り、背だけ程に伸びた笹を掻き分けながら哮ヶ峰への尾根を10分ばかり頂上へと向かうと、上り切った南側に哮ヶ峰の碑が建てられていた。
 ここは、太古の時代、饒速日命(にぎはやひのみこと)が磐樟船に乗ってこの哮ヶ峰に天降ったという神話に満ちた山である。
 高さ、186m、この台地は花崗岩が非常に固い。南側は昔、石切り場となってその跡が断崖絶壁となって残っている。この岩場に隣接して、高さ16.5mのクライミングウォールが作られており、休日などには絶壁の人工岩場に挑戦する沢山の若者達の姿が見られる。
  
 今は、すっかり交野のハイキングコースの定番になった、
  交野吊り橋(星のブランコ)。 国内最大級の高さ50メートル・長さ280メートルの大吊り橋は、平成9年10月、府民の森・ほしだ園地に誕生した。
 今では、季節を問わず連日沢山のハイキング客で賑わっている。

 平田会長の軽妙な説明に感動し、交野の古い歴史を肌で感じた、楽しい歴史ウォークでした。
 次回が楽しみである。一人でも多くの市民の方々にこの喜びを味わっていただきたいと思います。
 是非とも、皆さん誘い合って参加しましょう!!!


  哮ヶ峰の石碑

 哮ヶ峰の石碑


 哮ヶ峰は、太古の時代、饒速日命(にぎはやひのみこと)が磐樟船に乗ってこの哮ヶ峰に天降ったという神話に満ちた山である。
 標高186m、頂上の台地は西北の方向に延びている。大和田原、天野川(道)、私部に中心とした両側の町並み、遠く八幡さんの山が見え、戦略的な要点といえるだろう。
 上り切った南側に約160cmの碑は建っている。この碑は昔、小松宮(妙見さん)にあったが明治4年、廃仏毀釈の時小松宮にあることが好ましくないといったので、ここに遷したという。


 碑の刻銘

 (太陽) 
奉祭妙見法 三年成就必 
   万治二年大坂釣鋳町

(星) 
乾元亨利貞   
    正月七日大行院法元

(月)
   現世安穏為二世安楽也


(石鏃NO114号を参照)

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