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交野歴史健康ウォーク
2003.11.8   第56回
倉治周辺を訪ねて
倉治の精霊送りの場所、としこしさん棚、石仏、四軒垣内など

中角さんからご投稿頂きました

  今回で歴史健康ウォークも回を重ねて56回になりました。
参加者(18名)、天気は良し丁度良い気温で恵まれたウォークでした。
 11/8(土)午前9時ドーム集合出発、倉治の町並み及び「倉治の精霊送りの場所、としこしさん棚、中村さん宅の石仏、四軒垣内」などを訪ねて歩きました。

コース: 交野ドーム→私部の墓→第二京阪(有池遺跡)→免除川→
倉治小学校→精霊送りの場所(田んぼの畦道)3ヶ所→在所への道→
二平川の洗い場→新庄敏弘さん宅(としこしさん棚)見学→東北の城戸→
中村博さん宅の石仏他見学→四軒垣内→廃円光寺の裏の道→結了町集会所→
教育文化会館→どろ前(堂前)→大仏坂→久御山線→交野ドーム

倉治周辺を訪ねるMAP


 第二京阪国道予定地の傍らにある有池遺跡を見て、免除川を渡り、倉治小学校を右に見て最初に訪れたのは、平成8年まで続けられていた精霊送りの場所

 倉治のお盆の行事
 8/5 お寺で塔婆を受ける。(現在は第1日曜日より2日ほど前)「2種類」
 8/6 お寺の墓参り。石碑は分家と共用(現在は第1日曜日)「塔婆は三界万霊のほうを
     持って参る。先祖代々のものは仏壇にお供えしておく」
 8/13 おちつき素麺を仏壇に供えて先祖の霊を迎える。
     供え物は里芋の葉に茄子・さつま芋・南瓜・西瓜・とうもろこしなど。
     農作物を16日朝まで供える。
 8/14 おはぎを作ってもてなす。
 8/15 信濃の善光寺へ参詣する
 8/16 早朝、塔婆とお弁当(竹の皮におにぎりと里芋の煮たおかずを入れて)供え物と
     共に精霊送りの場所で塔婆を焼いて送る。

 精霊送りの場所
 1)小学校の西門を出て今の学校道と交差した所
 2)小路さんの分家の西側の畦道
 3)ポンプ小屋の前の道
 
 8/16の早朝の精霊送りの行事は、平成8年まで続いていたが、開発の波で家が立ち並び付近の住宅の迷惑になるので廃止となった。
 そこから在所への道を北に進んで、西町の集会所の前より山根道に出て横切り、中川の洗い場を経て次の辻を東進し、二平川の洗い場を経て新庄さん宅へ。
 新庄さん宅では、今も続けられているお正月の伝統行事・とくとくさんで年の神さんをお迎えされているとしこしさん棚を見学させて頂いた。

新庄さん宅の引き継がれるお正月の伝統行事
とくとくさんで、年の神をお迎え
うらじろ、鏡餅供え恵方へ向けて飾る
「広報 かたの」 平成6年12/25号に紹介された
 倉治の新庄敏弘さん宅では、毎年、大晦日に年の神(恵方神)をお祭りする祭壇(恵方棚)を作って、神さまをお迎えになります。干支(えと)の基づいて決まる恵方に向きに天井から棒で吊るした箱棚を作り、中央に鏡餅を供え、手前左に灯明、うらじろ、ゆずり葉、しめ縄を飾ります。しめ縄は輪じめにして長さ1尺5寸(45.4cm)、3筋・5筋・7筋と順に藁の茎をよります。棚は回転できるようになっていて、その年の恵方の向きに合わせます。
 和子さんは「いつから始まったのか、よく知らないんです。さいとくさんとか、とくとくさんと呼んでいます。この名の由来ですが、年の神の歳徳(としとく)さんがなまって、とくとくさんになったのと違いますか」と話されています。
 親から子へ、子から孫へと引き継がれ、今日まで続いているのでしょう。このような伝統のある風習は後世まで残していきたいものです。
 ※ 恵方・・・・その年の干支に基づいて定められた方角

 次に洗い場より北に進み小兵衛さん(中角みつえさん)、あの倉治の子守唄の塀に沿って西進する川は(おしめ)が洗える不浄の川と決められていた。前回のウォークで確認した東北の城戸を見て、再び小兵衛さんの塀に戻り、さらに西に進み中村博さん宅の角に地蔵・一石五輪・宝篋印塔の笠・層塔を確認した。(石鏃NO76に記されている)
 中村さん宅の塀に沿って北進し、四軒垣内(中角勘左衛門・想ヨ門・中岡仲ヨ門・奥野仁左衛門)内3軒は健在。鶴ヶ峰から移住の中角彦左衛門は四軒垣内の向かいである。右に見て西進、廃円光寺の裏を通って次の辻を南進して結了町の集会所を経て次の辻で東進し教育文化会館に至る。
 どろ前(堂前)の辻から大仏町、大仏坂を下って久御山線に出て交野ドームへと帰った。


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