笹尾山石田三成陣地跡にて記念撮影
関ヶ原広域MAP
交野古文化同好会の「関ヶ原古戦場を訪ねてバスツアー」、ご案内いただいた高尾秀司氏を始め役員の皆様、ご参加いただいた会員の皆様のご支援・ご協力のお陰で無事、事故もなく開催出来ましたことを心より感謝申し上げます。
今回のツアーは、平成26年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」に因んで、天下分け目の合戦・関ヶ原合戦の戦いが展開された関ヶ原を現地に訪ねて、関ヶ原古戦場の散策を企画いたしました。 このたび、皆さんと一緒に現地を訪問、関ヶ原の戦いの歴史を詳しく知る機会に恵まれましたことを大変嬉しく思っています。 また、高尾氏には今回のツアーに先立ち、関ヶ原へ足を運んでいただき、ガイドや案内などを事前に手配頂いたお陰で、当日はスムーズに開催できました。重ねて御礼申し上げます。 超大型台風第8号が沖縄地方を直撃、日本列島を縦断しましたが、幸いなことに近畿は大きな災害もなく通過、台風一過の翌日には天候も回復して、バス旅行当日は絶好の行楽日和となりました。台風の影響で、参加者はキャンセルなど数名ありましたが最終的に47名で締切、交野を定刻9時に出発。車内では、高尾さんから「関ヶ原合戦への経緯」について、詳しく説明していただき、「NHK大河ドラマ〜葵三代〜関ヶ原の戦い」のDVDを観ながら事前に勉強をしました。 10時45分、関ヶ原歴史資料館に到着。ここで2班に分かれて、関ヶ原史跡ガイドの安倍さんと伊藤さんのガイドで、家康最後の陣跡と歴史資料館めぐりをしました。次いで、バスに乗車して、丸山烽火場跡へゆっくりと上り、眼下に見える古戦場を眺めながら詳しく説明を聞きました。続いて、笹尾山石田三成陣地跡へ登り、昼食後、石田三成陣地の詳しい歴史を解説いただきました。その後、島津陣地、開戦地、小西陣地など散策しながら見学。最後は、不破関資料館で、壬申の乱のDVDを鑑賞したり、中山道遺跡などを見学しました。 帰りは多賀サービスエリアで買物や飲み物などを楽しみ一路交野へ、予定通り午後5時45分頃交野に無事到着しました。 写真集の一部は、伊東さん、毛利さんから提供いただきました。 皆様、ご協力有難うございました。 |
|
|
高尾秀司氏のご好意で掲載させて頂きました。記して感謝申し上げます。 |
|
第二京阪・交野北→ 草津 → 関ヶ原インター → 10時45分 関ヶ原歴史資料館到着 | ||||
|
||||
合戦に関にする武具や「関ヶ原合戦図屏風」などを展示してあります。 合戦の流れがわかる大型ジオラマは必見です。 隣接するミュージアムショップでは、武将グッズや土産品を販売。 レンタサイクルも受け付けております。 |
||||
関ヶ原の道標 |
||||
三万もの大軍を桃配山(ももくばりやま)(家康最初の陣地)に置き、 ここで指揮をとっていた徳川家康であったが、一進一退の戦況に苛立ち、 午前11時頃には西軍本陣からわずか数百メートルのこの場所へ陣を動かし 、ここから松尾山の小早川秀秋に向けて発砲を命じた。 この強行手段により、秀秋がやっと家康軍につき戦況が一気に好転する。 勝利後ここで引見が行われ、討ち取った敵の首級が実検されたといわれる。 |
||||
関ヶ原合戦400年記念モニュメント 「時の扇」 |
||||
周囲の土塁や中央の土壇は、天保12年(1841)に幕府の命を受け てこの地の領主竹中家(13代重明)が築いたものである。 |
||||
戦況を把握しやすい高台に陣を置いた。 合戦開始と共に丸山(岡山)から烽火をあげて味方に開戦の合図をした。 竹中重門は当時の関ヶ原の領主にあたる。 現在でも、山頂からの見晴は抜群である。「注」黒田長政 (幼名松寿丸)は黒田官兵衛の息子である。この戦いで武功をあげ戦後加増される。 |
||||
|
||||
小早川の寝返りにより東軍が優勢となり、西軍の敗北が見えた関ヶ原決戦。 三成の首を狙う東軍諸隊が笹尾山を目がけて突進したことにより、 ここで激戦が繰り広げられたと云われる。 |
||||
引き続き、下記へお進みください! 関ヶ原の戦い 石田三成陣地跡〜不破関資料館見学へ |