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石橋きつねのお話 (星田)
交野草子  廣岡昌子著

「返せー 返せー うちの子を返せー」
妙見山の奥
古い石橋にたたずむと
今も石橋狐の声が聞こえる
(われ)の子がかわいけりゃ 
(わし)の子もかわいい返せー 返せー 
うちの子を返せー」
せせらぎの音にまじり
血を吐くのは母狐の声



和毛(にこげ) たんぽぽ そよ風ゆれる
げんげの花咲くころに
石橋狐が赤子(ややこ)を産んだ
なめて 育てる子狐は
小耳をたてて草むらに
はねて踊って日が暮れて
月がのぼると穴の中
母の(ふところ) ぬくぬくと
こわさしらずで育った悪戯(やんちゃこ)
走り回って 野は春 春
土筆(つくし)に鼻をするつける
その鼻さきにつととまり
もん白蝶(しろちょう)がひらひらと



子狐さそって笑い飛ぶ
よろこび転げて蝶を追う
すみれの原を通り抜け
げんげ たんぽぽ 後にして

いいつけ忘れ 山ふもと
巣穴 遠く 蝶を追う

そこへ来かかる柴刈り男
人間をまだ知らなんだ子狐は
小首かしげて見つめていた
「おっ 狐の子奴やタロやん(とこ)
(せがれ)
ちょうど
麻疹(はしか)で寝とるわい

こいつを売って こましたれ」



ほくそ()んでその男
なんなく子狐つかまえた
狐の舌は麻疹に効くと
この里では()え値で売れる
飛びつき()うたタロやんは
ふるえる子狐むんずとつかみ
舌をちょん切りさっそくに
土瓶(どびん) (せん)じた黒い汁
(せがれ)の麻疹はけろりと治る

真っ赤な口あけ子狐は
(かか)よ (かか)よ」
舌のないのに母を呼ぶ
助けを求める子の声は
母親狐の心にとどく
河内の深い闇の中

狐火ともして血まなこに
子狐さがす母狐
「どこにいるんや 子狐よ
 どないしたんや 子狐よ」
匂いを追うて里まで来たが

どこにも子狐見当たらず
犬に追われて()みつかれ
あの藪この庭おろおろと
さがすうちに夜が明ける


朝日ののぼるそのなかに
やっと見つけたいとしい(にお)
えりまき用に木に乾した
かわいいわが子皮やった

石橋狐は気が(くる)

その日から
「返せー 返せー うちの子を返せー」
狂い狐はいとし子もとめ
夜な夜な里におりてくる
嵐となってかぎわけた
わが子のぬくい血のにおい
舌を切られ身をさかれ
助けを求めた子のにおい

タロやん(とこ)の戸をたたく
「返せー 返せー うちの子を返せー
(われ)の子がかわいけりゃ (わし)の子もかわいい
わしは石橋の狐やど――― 」
切々と 高く細く(うら)めしく
狂い狂うて子をさがす
悲痛な母の断腸(だんちょう)
戸口にきこえる涙声
震えあがったタロやんは
(よい)の口から戸をたてて
「かんにんしてくれ かんにんや」
心張り棒(しんばりぼう)をしっかり押した
今夜もトントン戸をたたき
母親狐の血のさけび

 ものいはぬ四方の獣すらだにも
   あはれなるかな親の子を思ふ 
                  (実朝)

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