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交野市私市2387番地 / TEL 072-891-6693 国宝の薬師如来は獅子窟寺 「交野郷土史かるた」より 正月〜三日まで、国宝・薬師如来は自由拝観できます! |
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京阪電車・私市駅、河内森駅、またはJR河内磐船駅よりそれぞれ徒歩約40分。
開基は役小角(えんのおづぬ)と伝えられ、本尊薬師如来座像は 弘仁期(平安時代、西暦900年頃)のものとされ国宝である。 奈良時代、聖武天皇(45代)の勅願を受けた僧行基が堂塔を建て、金剛般若窟と
云った。
のちに、平安時代空海もこの山で修法され、境内にある井戸は水の不便を考え、
掘られたもので枯水したことがないと伝えられる。 元和元年(1615年)大阪の役、獅子窟衆徒は大坂方に加勢すべく
命じられたが、従わず、兵火のため全山焼失した。 中興光影和尚によって再建されたが、往時の10分の1にも及ばなかった。 獅子窟寺薬師仏は事前に予約をすれば拝観できます。 先日、御仏様をお祈りした時、国宝薬師如来御真言は「オン・コロコロセンダリマ、トウギ・ソハカ」ですと教わった。 |
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獅子窟寺の本堂の北の石段を上がって、まっすぐ行くと、獅子窟の南側の支え石に突き当たる。 弘法大師空海が開いた真言密教の本尊である大日如来、その大日の真言が真言宗高野山派に属する 獅子窟寺にあることは、永禄の頃のこの獅子窟寺が果たしていた役割がうかがえて興味深い。 「金石文としても貴い」(平尾兵吾「北河内史蹟史話)ものである。
獅子窟寺の山は全山花崗岩質の山である。梵字の碑の大岩を上にあがると、東から西側に突き出した巨石はまさしく男の石である。つけ根から先まで四メートル五十センチである。
この下から西側に降りると、金剛般若窟(こんごうはんにゃくつ)・獅子窟(ししくつ)である。
獅子の口に似たとして獅子窟(ししくつと言われ、現在の寺号が出来たと伝えられている。
嵯峨天皇(弘仁年間 810〜824年)のころ、弘法大師が交野地方に来られた時に、獅子窟寺吉祥院の獅子の宝窟に入り秘法を唱えると、七曜の星(北斗七星)が降り、三ヶ所に分れて落ちたと言われている。 この岩の奥には、弘法大師の小さな石像があり、昔の伝説がよみがえる思いがします。
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| 梵文光明真言刻銘瓦質土器 (ぼんもんこうみょうしんごんこくめいがしつどき)(室町時代) 出土地 獅子窟寺(裏山) 交野市私市 器高16.9cm、口径21.0cmの瓦質土器。器の表面には、細かい錐状の工具で浄土変真言や光明真言等の有り難いお経が、2行1単位で21回も書かれています。もとは土砂加持かじの際に使用される容器と考えられますが、後に蔵骨器に転用された可能性の高い土器です。平成12年、交野市指定文化財に指定された。 |
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| 公開日 水曜から日曜 午前10時から午後5時(入室は4時30分) 交野市立歴史民俗資料室に展示してあります。 |
梵文光明真言刻銘瓦質土器 |